山のこぶに見守られて──ネンセボのコーヒー物語
エチオピア西アルシ、ネンセボ地区。朝霧に包まれたこの丘陵地に、やさしいこぶのような山がある。人々はそれを「ゴラ・コン」と呼ぶ。“ゴラ”は山、“コン”はこぶ。ふっくらと盛り上がったその山は、まるで村人たちの暮らしを静かに見守っているかのようです。
この地域の標高は1,900〜2,200m。日中の気温は20℃前後、夜は10℃を下回ることもあり、昼夜の寒暖差が大きいことから、コーヒーはゆっくりと熟し、豊かな甘みと香りを蓄えていきます。火山性の赤土と豊富なミネラルを含む土壌に育まれたコーヒーの木々は、アカシアやワンザの木陰で穏やかに葉を広げています。
この地でコーヒーを育てるのは、1軒あたり平均1.5ヘクタールほどの小規模農家たち。近隣の村から集まる約500の農家が、手摘みでチェリーを収穫し、ゴラ・コン・ウォッシングステーションへと運びます。このステーションで精製される豆の年間生産量は、ナチュラルとウォッシュドを合わせておよそ300トン。
生産されたロット「ベデサ・ルサ」は、いわゆる単一農園ではありません。複数の小さな農家が少しずつ持ち寄ったチェリーからつくられる、共同体の名もなき物語です。名前の“ベデサ”は、アフリカ南部で“生命の水”を意味する言葉、“ルサ”はこの地域に伝わる民族の言葉で“深く根を張った場所”を意味すると言われています。
精製は、エチオピアの輸出業者Testi Trading社が手がけ、徹底した品質管理のもと、最新のペナゴスパルパーやアフリカンベッドを使用しながら、自然と調和した処理が行われています。
しかし、自然はいつも穏やかとは限りません。2021–22年のシーズンは干ばつの影響で雨が少なく、木の上で乾いてしまう「シュリンキング」したチェリーも多く見られました。精製に使う川の水も減少し、収量は前年を下回る結果となりました。それでも、農家たちは諦めず、次の季節に向けて畑を守り続けています。
仕上がったコーヒーは、ジャスミンのような白い花の香り、熟したピーチやアプリコットの甘み、メロンやグァバを思わせるトロピカルな余韻。やさしく、けれど芯のある味わいが、どこかこの土地の空気を思わせます。
今日もまた、こぶの山は変わらずそこにあり、小さな農家たちがコーヒーを摘み、物語を重ねています。カップの向こうに、そんな景色がそっと浮かぶような一杯を、どうぞゆっくりと味わってみてください。
|