“霧と木陰の調べ” — Brumas del Zurquí の物語
コスタリカ・ヘレディア県サン・イスドロ近郊。朝靄が谷を包み、葉が露を抱えて震える頃、ブルマス(Brumas del Zurquí)農園の小道を歩けば、小径の先に赤や黄のコーヒーチェリーが緑の葉陰で瞬きます。
125年にわたりこの土地に根を張ったコーヒーの木々は、霧、火山性土壌、そして夜の冷気のすべてを複雑な風味と甘さに変えてきました。
この農園を守るのは4代目の生産者 Juan Ramón Alvarado と家族。祖父母から受け継いだ土地に2004年、自らの精製所「El Beneficio」を設立し、単なる生産者から“品質の設計者”へと歩みを進めました。
そして2006年――コスタリカのスペシャルティコーヒー界に新風が吹きます。国内品評会 Cosecha de Oro で彼のハニー処理コーヒーが1位と2位を独占。ミューシレージを丁寧に残し、糖度や発酵を緻密に管理するその手法は、後に“ハニーコーヒー革命”と呼ばれ、国中に広がっていきました。
あの瞬間、Brumas del Zurquí はスペシャルティコーヒーの未来を切り開いた象徴となったのです。
ー 土地と調和する栽培、香味を紡ぐ設計
農園は標高1,400〜1,800m。昼は太陽が果実を熟させ、夜は冷気が糖分を閉じ込めます。品種は Villa Sarchí、Caturra、SL-28、Gesha など多彩。区画ごとにウォッシュトの清らかさ、ハニーの甘さ、ナチュラルの果実感を設計し、風味を織りあげていきます。
‐ 再生型農業を掲げ、水の使用を抑え、土壌や森林の保全を徹底。
‐ エコ基準の製品のみを使用し、環境への負荷を最小限に。
‐ 精製所にはカッピングラボや焙煎設備を併設し、自らの手で一貫管理し、品質のばらつきを削ぎ落とす。
ハニー処理においては、ミューシレージの残し方、発酵時間、日光や陰干し条件、水分調整までを緻密に操り、甘さと酸味、ボディ感のバランスを極限まで磨き上げます。さらに、乾燥方法や棚の配置、日陰樹の植栽、風通しの設計など、見えない“舞台装置”にもこだわり、過乾燥やムラを避ける環境を整えます。
彼は一つのロットを生み出すとき、風向きや排水性、日当たりを頭に描きながら、発酵槽の香りを嗅ぎ、乾燥中のチェリーを頻繁に回転させ、夜露を防ぎ、発酵時間を微調整し続けます。こうしてハニーの甘さ、ナチュラルの果実感、ウォッシュトの透明感を一つのカップに融合させるのです。
ーコミュニティと未来への責任
Juan Ramón は、農業者であると同時に地域社会の“守り手”でもあります。コーヒー生産を通じて雇用を生み出し、地域経済と共生することを誇りにしています。彼は「生まれ育った土地を次世代に渡し、コーヒーを種からカップまで価値ある体験にしたい」と語り、その理念を実際の営みとして体現しているのです。
ー 一杯に込められた情熱
今回ご紹介するのは Villa Sarchí/ウォッシュト。ローストは“甘さの最大化”を狙ったやや深煎り。口に含めば、まずりんごやブラックベリーを思わせる柔らかな甘さ。熟した果実とブラウンシュガーの深い甘みがシルキーな質感と共に広がり、フルーツ感とコクのバランスが絶妙にととのえられています。 それはまさに、霧の名を冠した農園が紡ぐ、静けさと情熱のカップなのです。
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